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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)161号 判決 1972年11月29日

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、被控訴人の請求原因

一、被控訴人は、訴外本田坑木商会こと本田政雄に対し、次のとおりの約束手形債権を有しており、右手形金債権はいずれも判決によつて確定している。すなわち、本田政雄は、訴外大和産業株式会社にあて、別表記載の約束手形一〇通を振出し、右大和産業株式会社は被控訴人に対し、右手形のうち、(1)、(5)、(9)および(10)の手形を裏書譲渡し、(2)、(3)、(4)、(6)、(7)および(8)の手形を被裏書人白地で譲渡した。被控訴人は、右手形のうち、(1)、(5)、(9)および(10)の手形を西日本相互銀行に、(2)、(3)の手形を福岡銀行にそれぞれ裏書譲渡し、(4)、(6)、(7)および(8)の手形を福岡銀行に取立委任裏書をし、右各銀行は、右手形をそれぞれ支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶された。被控訴人は右手形を昭和四〇年五月四日までに全部受け戻して現に所持している。よつて、被控訴人は本田政雄に対し右手形金合計金五〇一万三、七一〇円およびこれに対する支払期日後である昭和四〇年五月六日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金債権を有している。

二、ところで、右各手形は本田政雄がその営業のために振出したものであるところ、同人は昭和四〇年二月二六日、控訴人と営業譲渡契約を締結し、その営業を営業用資産とともに控訴人に譲渡し、控訴人は同日以降従前の本田抗木商会所在地で本田坑木商会の商号を続用して坑木販売業等を営んでいる。

なお、控訴人は、被控訴人が本田政雄に対する本件手形金債権に基づき、同人に対してなした有体動産の仮差押に対し、第三者異議の訴を提起し(福岡地方裁判所昭和四〇年(ワ)第四〇六号、以下別件訴訟という。)、右訴訟において、被控訴人に対し、本田政雄の営業を譲り受け商号を続用したことを極力主張、立証したのであるから、本訴において、右営業譲渡、商号続用を否認することは、信義則に反し、訴訟制度を悪用するものであつて許されない。

三、よつて、被控訴人は、本田政雄から営業譲渡を受けその商号を続用している控訴人に対し、商法二六条により、右手形金合計五〇一万三、七一〇円およびこれに対する支払期日後である昭和四〇年五月六日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合により遅延損害金の支払を求める。

第三、控訴人の答弁および抗弁

一、被控訴人主張の請求原因一の事実は知らない。同二の事実のうち、本件手形を本田政雄がその営業のため振出したことは知らない。その余の事実は否認する。

二、かりに、控訴人において本件手形金の支払義務があるとしても

(一)  訴外大和産業株式会社、旭実業株式会社、添田耐火工業協同組合は昭和四〇年二月一八日現在、被控訴人に対し、一、七五〇万二、六六〇円の債務を負担していた。右債務中には被控訴人の主張する五〇一万三、七一〇円の本件手形金債務も全部含まれている。

(二)  ところで、右訴外会社らは、被控訴人に対し、次のとおり合計一、六五八万四、三九〇円を弁済したから、残債務は九一万八、二七〇円となつた。

(1) 昭和四〇年三月一日から昭和四一年一月一四日までの間に一五八万七、七九〇円

(2) 昭和四〇年四月二一日  四四〇万円

(3) 昭和四一年八月一五日  一〇万円

(4) 昭和四一年一〇月    七二〇万円

(5) 昭和四一年一〇月    二一五万円

(6) 昭和四一年一二月一日  一〇万円

(7) 昭和四二年一一月一〇日 一〇二万六、六〇〇円

(8) 昭和四三年三月三一日  二万円

(三)  したがつて控訴人は九一万八、二七〇円の限度で本件手形金の支払義務があるにすぎない。

第四、控訴人の抗弁に対する被控訴人の認否

被控訴人が右訴外会社らに対して債権を有すること、昭和四〇年四月二一日四四〇万円の弁済を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右弁済金は本件手形金以外の債務の弁済に充当されたものである。

第五、証拠(省略)

理由

一、成立に争いのない甲第一号証の一、二、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証の一ないし六に原審証人本田政雄の証言および原審における被控訴人代表者本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は本田政雄に対し被控訴人主張の本件約束手形金債権を有していること、右約束手形は本田政雄がその営む本田坑木商会のために振出したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、被控訴人は、本田政雄は昭和四〇年二月二六日控訴人に営業を譲渡し、控訴人は本田坑木商会の商号を続用しているから、本件手形金支払の義務があると主張する。

甲第三号証の二(営業譲渡契約公正証書)、甲第三号証の三(営業譲渡に伴う商号使用に関する契約公正証書)には、被控訴人の右主張に沿う記載があるけれども、この点に関し、本田政雄は、原審における証人尋問において、右甲第三号証の二、三は、本田坑木商会の経営が行詰まり、手形が不渡りになつたので、債権者からの差押を免れるため、妻の父でかねてより営業資金の融通を受けたり借入金の保証をしてもらつていた控訴人から印鑑を借り受け、控訴人に無断で作成したものである旨証言し、控訴人も、原審における本人尋問において、本田政雄から営業譲渡を受けたことはなく、右甲第三号証の二、三は全く控訴人不知の間に作成されたものである旨供述しているのであつて、他に被控訴人主張の如き営業譲渡の事実を認め得べき何らの証拠の存しない本件においては、右甲第三号証の二、三の記載のみをもつて、直ちに本田政雄が控訴人に対し営業を譲渡し商号を続用させたとまでの事実を確定するには、未だ証拠が十分であるとは断じ難い。

三、被控訴人は、控訴人は別件訴訟において、被控訴人に対し、本田政雄から営業譲渡を受け商号を続用した旨極力主張したのであるから、本訴において、右主張に反し右営業譲渡、商号続用の事実を否認することは、信義則に反し、訴訟制度を悪用するものであつてとうてい許さるべきではない旨主張する。

おもうに、別訴である事実を主張してそれに沿う確定裁判を得た場合には、もはや、後訴でこれと全く矛盾する事実を主張することは、それを正当化する特段の事情のない限り、信義則に反し許されないものというべきである。しかしながら、別訴が取下げられた場合には、別訴は初めから係属しなかつたものとみなされるのであるから、後訴において、別訴の主張と矛盾する主張をしたとしても、直ちにこれを信義則に反し許されないものとして排斥しなければならない理論上の根拠はないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第三号証の一、甲第四号証、乙第一、二号証、乙第四号証および原審証人本田政雄の証言によれば、被控訴人が昭和四〇年四月一九日本田政雄に対する本件約束手形金債権に基づき、同人方で有体動産の仮差押をしたところ、控訴人は同年五月四日、右仮差押に対し第三者異議の訴を提起し(福岡地方裁判所昭和四〇年(ワ)第四〇六号)、右訴訟において、本田政雄から営業譲渡を受け、右営業譲渡に伴う財産の譲受けにより右仮差押物件の所有権は控訴人に移転したから右仮差押は違法である旨主張し、これに沿う証拠として、前記甲第三号証の二、三の原本を提出したことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない甲第一六号証によれば、右第三者異議の別件訴訟は昭和四二年二月五日休止満了により取下とみなされて終了したことが認められるので、前記説示のとおり、控訴人が本訴において本田政雄から営業譲渡を受けたことはない旨主張したとしても、直ちにこれを信義則に反し許されないものとして排斥しなければならない理由はないから、被控訴人の前記主張は失当である。

四、そうすると、結局、本田政雄が控訴人に営業を譲渡し商号を続用させたことを認めるに足りる十分な証拠がないから、右営業譲渡、商号続用があつたことを前提とする被控訴人の本訴請求は失当であり、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

<省略>

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